toruのブログ

聖なるあきらめ

腹が立つ

いきなり、汚い言葉ですね。

今日、自宅の譲渡の書類の受け渡しで

夫と私と、司法書士の先生とで面会しました。

数々の書類に、署名したり捺印したりして改めて、手続きの多さにげんなりしました。


しかし、夫は遅刻してくるわ、司法書士の先生の前で、自宅の鍵を私に出して「もういらないから❗」と一方的に渡したり、捺印が終わって説明を受けたら「もういいですかね?」と言って、席を立って帰ってしまいました。

きちんとした挨拶もしない夫に、「人は簡単に壊れてしまうんだなぁ」と、悲しくなりました。


人間、一度タガがはずれると、誰しも自分のなりたくないものにまでなってしまう

成澤弘子さんというエッセイストの言葉です。


夫と次男いっぺんに亡くしたように感じた秋の午後でした。

鎌倉に行ってきました。

先日、30年来の友人と鎌倉旅行に行ってきました。

円覚寺、鶴岡八幡宮、長谷寺、長谷の大仏を一日目はまわりました。

紅葉は、まだまだでしたが結婚式の方や、七五三などで賑わっていました。


やはり数々の「地雷」がありました。

親子連れや、修学旅行を楽しむ中学生の姿など、かなりツラかったです。

特に長谷寺からみた海の眺望は、次男の笑顔がよみがえり、深呼吸を何度もしました。


次男は、普段からあまり物欲のない子でした。

考えても、何かねだられた記憶がないのです。私が忘れているだけかもしれませんが。

ただ、彼は大仏様の事が書いてある説明の本は買いたがり、とても嬉しそうに手にしていた事も思い出しました。


寺社で、手を合わせている時も「仏様は、こうやって何年も、変わらずに私達を見守って下さる。ずっと同じように。だけど、私の周りだけがどんどん変わってしまった。」と悲しくなりました。

よい方向に変わらずに、悪い方向にどんどん変わっている。


でもそれが仏教でいう「無常」なのかもしれません。

色々あった平成30年もあと、二ヶ月で終わります。

人生を大切に

「人生を大切にしよう」

こんな説教めいた事を、人様に言えるような

立派な生き方はしていませんし、今後も出来ないでしょう。


でも、あえて言いたいのです。

私の夫は、前からお伝えしているように

職を転々とした挙げ句、引きこもりになりました。

わがままに育ってきたのか「不本意な仕事をする位なら、働かない」という選択をしたのです。

次男は、在学中に「事業を立ち上げたい」と言い出し、縁切り死のような形で自死しました。


命を守る仕事をしている私にとって、とてもつらい出来事でした。

夫にしても息子にしても、「0か100か?」という生き方をしなくても、選択肢はたくさんあったはずです。

思うような人生が歩めなくても、意に沿わない出来事があっても、人は命ある限り「頑張らなくてもいいから、生き抜く」事が大切だと思います。


幸福論を書いたラッセルが「自分が不幸だと思うのは、自分にしか目がいっていないから」と記しています。

かくいう私も、ラッセルの様に思えないことばかりです。

でも、「人生を大切に」と常に残された長男には伝えています。