toruのブログ

聖なるあきらめ

夢で逢えても😓

暑さがぶり返してきたのもあり、寝つきが悪くなりました。

体は疲れて眠いのに、いざ布団に入ると眠れません。


浅い眠りのせいか、夢をよくみます。

先日は、息子を探して大学の中をウロウロしていて息子を見つけた夢を見ました。

「あんた、やっぱり生きていたんだね。どこにいたのよぅ」と服をつかむと、ニヤニヤしているだけ。


とても生々しい夢で、目が覚めたら悲しくなっちゃいました。

あれ?夢?え?本当はいない?


夢でも逢いたいです。でも、逆に悲しみが増すという矛盾の中にいます。

人生はペスト的状態

台風19号、20号で大雨の被害に遭われた皆様、お見舞い申し上げます。

先日の豪雨の片付けも済まないうちに

こんな事が続き、泣きたくなります。


被災された方の多くは善良で、悪事とは無関係に生きて来られた事でしょう。

どうしてこんな目に合わすのか、世の不条理を感じます。


私も、ここ数年ずっとこの気持ちを引きずっています。

特に二男を亡くしてからは「二男の事も精一杯愛してきた。一生懸命育てたし、私の何が悪かったんだろう?」と考えてばかりです。


自分の気づかないところで、他の人を傷つけたかもしれない、嫌な思いをさせたかもしれない、だけど少なくとも故意にズルい生き方はして来なかったつもりです。


カミュという有名作家が「人間の人生はペスト的状態なのである」と言っていました。

ペストは、人を選んで流行しません。

だから、思いもかけない不幸も「人生における不条理」なのでしょう。


ただ、こう思おうとしても堂々巡りの毎日です。

大草原に一人ぼっち(3)

先日、カトリックのシスターの本を読んでいたら興味深い事が書いてありました。

「猫が用を足す時に、上手く土を掘れないと

『土がよくない』と思い、転々と場所を変える。上手くいかないのは、自分のせいではなく、土のせいと思う。次々と転職する人は、この猫のようなものかもしれない」と。


正に、💩夫はこれだったのでしょう。

バカにしている肉体労働(警備の仕事や介護や工場勤務)をする位なら、「働かない❗」という考えに至り、いまだに実家(年金暮らしの90歳と85歳の老親の家)で、引きこもりを続けています。


人間「ゼロ 百」「白か黒」と決めつけた生き方をしていると、どこまでもダメになります。「50点ですが、何か?」「グレーの場所に身を置いてみる」といった事が生きて行く上で大事な気がします。


夫が働かなくなり、私が二重に働き、長男を卒業させ家を出しました。

二男と二人暮らしで、二男の卒業を夢見て

働いて来たのに自死されました。


「私が何か悪い事したか?」と叫びたくなります。でも、これが人生なのかもしれません。

ですから、このブログのサブタイトルも「聖なるあきらめ」にしたのです。


先日、💩夫に離婚協議の話をした時に「自死する時に二男は、写真や思い出の品を全部捨てていった。苦しくて仕方ない」と言ったら「長男と二男が大学と高校に入った時に写真館で撮った写真があるじゃん。ゼロじゃないよね?」とシャアシャア言っていて、「こいつ、本当に💩だ。」と思いました。


四人家族が二人になっちゃいました。

大草原一人ぼっちの家に、今日も帰ります。