まちこの部屋

聖なるあきらめ

SNS で亡くなった命

先日、SNS で誹謗中傷を受けたことによる女性の死の事件で、悲しみでいっぱいになりました。

知らない人に責められたって死ぬ事ないだろうというのは、他人に責められた経験がないから言えるのだと思います。私は、次男を喪ってから自分なりに元気になる方法を模索して来ました。

このブログもそうですし、グリーフの会などにも参加して来ました。

FB も、その一つでした。

FB の読書のグループに参加して「この本は面白いよ」とか「こんな感じを受けました」なんて投稿して楽しんでいました。

先日、西部すすむさんという人の本の話になりました。

この人は、ご存知の方もいると思いますが「自裁死」という名前で自死された評論家です。

自ら、持病が悪化して体調も悪く伴侶も亡くして、自殺幇助をした方が裁かれている方です。

私はその方の本の感想プラス「決して自死は認められないし、よくないことだ。だけど自分がすごく孤独で、病に侵されていたら、いつもいつも前を向いていられる自信がない」と記述しました。

そうしたところ「医療関係者なのに、こんな発言していいのか?病と闘っている人があなたの発言をみてどう思うのだ。他の人への影響を考えてもらいたい」と説教めいた書き込みをされました。だけど私の中では自死を美化する気は、さらさらなく「常に前向きではいられまい?」と思っただけなのです。しかも病と闘っている人だって迷いながら闘っていると私は思ったのです。

その事に対して「スミマセン。私が悪いんです」と事なかれ的な発言はしたくなかったからスルーしました。

しかし、無視していたらそれに乗っかる人が出てきて「あなたの発言を十代や二十代の人は、どうとらえると思うのか?多くの人が見ているグループで非常識だ」なども書かれました。

すぐにグループをやめました。黙っているとマウンティングしてくる人が出てくると思ったし、何か言うたび曲解された話に詫びたくなかったからです。

でも、想像以上に気持ちがへこみました。

亡くなった彼女の悲しい気持ちが少しわかった気がします。

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