toruのブログ

聖なるあきらめ

大草原に一人ぼっち(3)

先日、カトリックのシスターの本を読んでいたら興味深い事が書いてありました。

「猫が用を足す時に、上手く土を掘れないと

『土がよくない』と思い、転々と場所を変える。上手くいかないのは、自分のせいではなく、土のせいと思う。次々と転職する人は、この猫のようなものかもしれない」と。


正に、💩夫はこれだったのでしょう。

バカにしている肉体労働(警備の仕事や介護や工場勤務)をする位なら、「働かない❗」という考えに至り、いまだに実家(年金暮らしの90歳と85歳の老親の家)で、引きこもりを続けています。


人間「ゼロ 百」「白か黒」と決めつけた生き方をしていると、どこまでもダメになります。「50点ですが、何か?」「グレーの場所に身を置いてみる」といった事が生きて行く上で大事な気がします。


夫が働かなくなり、私が二重に働き、長男を卒業させ家を出しました。

二男と二人暮らしで、二男の卒業を夢見て

働いて来たのに自死されました。


「私が何か悪い事したか?」と叫びたくなります。でも、これが人生なのかもしれません。

ですから、このブログのサブタイトルも「聖なるあきらめ」にしたのです。


先日、💩夫に離婚協議の話をした時に「自死する時に二男は、写真や思い出の品を全部捨てていった。苦しくて仕方ない」と言ったら「長男と二男が大学と高校に入った時に写真館で撮った写真があるじゃん。ゼロじゃないよね?」とシャアシャア言っていて、「こいつ、本当に💩だ。」と思いました。


四人家族が二人になっちゃいました。

大草原一人ぼっちの家に、今日も帰ります。

大草原の小さな家になりたかった(2)

結婚して、唯一嫌だったのが彼が「転職が平気」という点でした。

バブルの時に就活した夫は、企業から接待を受けまくった世代。

だから結婚の時にも「就職は就社じゃないんだから、転職する事は何とも思わない」と言っていた時に、嫌な感じを受けました。

今から思えば、そういう「嫌な感覚」をもっと大事にすべきだったと思います。

むしろ、「チャレンジ精神のある人」と思った自分は、本当におめでたかったと思います。


そして、農薬の研究員→化学系の接着剤研究員→外資系農薬会社の研究員→化学製品の営業→再び農薬の研究員→製薬会社の研究員→特許庁→再び農薬会社

しかも、間に派遣社員で食いつなぐという感じ。


だんだん信頼もおけなくなり、家の預貯金はぐいぐい減っていきました。

(次回に続く)

大草原の小さな家(1)

昔、NHKで「大草原の小さな家」というドラマをやっていました。(ご存じの方は、ある年代より上だと思いますが)

私は、このドラマが大好きで、毎週楽しみにしていました。

特にお気に入りは「父さん」

娘や家族のピンチには、体を張って助けるし、何より子どもの話を「聞き流さない」、いつも笑顔。

「物より心が大切」がモットー。


今考えてみると、物質社会のアメリカ人の心をくすぐる作りになっていたのでしょうが、

私にとって「家族を作る」=「大草原の小さな家のような家庭」でした。


そして夫と(元 夫か?)結婚しました。

自分で言うのも何ですが当時「三高」で、気持ちも優しく、一緒にいて「こいつ、ムカつく!」という事が本当になく、幸せな結婚生活でした。


しかし、私達の結婚生活は23年であっけなく崩れさったのです。

(次号に続く)